ここ数ヵ月間、個人的事情により更新をしていませんでした。
忙しくて書けなかったというよりも、今年から続いていたいくつかの「個人的事情」のため、更新する気が起こらなかったというほうが正確かもしれません。
その間、世の中では「人権と報道」を巡る様々な動きがあり(とくに裁判員制度と、刑事裁判への被害者参加制度に関するもの)、集会にも出ていたのですが、報告できていません。申し訳ありません。
さて、その「個人的事情」のひとつですが、今年のある日から、私も「犯罪被害者」の仲間入りしました。
とはいっても凶悪事件に巻き込まれたのではなく、留守中に「空き巣」被害にあったのですが、自宅の窓の防犯ガラスが強引にたたき壊され、金庫も強引にこじ開けられ破壊されるという暴力的なものでした。
現金よりも建物などを破壊されたほうが、経済的にも精神的にも損害が大きく、もし犯人と鉢合わせになっていたらと思うと、ぞっとします。被害を受けて、壊れた窓ガラスがあけっぱなしになっていたその日の夜は、恐怖で寝られませんでした。
空き巣は比較的軽い犯罪かと思っていましたが、そうではありませんでした。少なくとも、窃盗、住居侵入、建造物等損壊、器物損壊の罪です。侵入時に住人がいたならば、さらに強盗、傷害、傷害致死(・・・以降略)の可能性もあったでしょう。
私の事件は(当然ながら)報道はされていません。もしこの事件に関連して容疑者が逮捕されても、余罪がたくさんあるとか、別の事件で強盗殺人に問われているとか、外国人であるとか、その他話題のネタになるような風変わりなことがなければ、報道はされないでしょう。
だからという訳ではありませんが、あれだけ治安維持を煽っている報道機関が、本当に防犯の役に立っているのか、何か勘違いしているのではないかという観点で、いまはマスコミを疑っています。
防犯という見方に立てば、重要なのは、いくつもの犯罪の事例から、犯罪の起こる要因を洗い出し、社会学的・工学的観点から犯罪が起こりにくい環境や社会をどのようにつくっていくかという議論が重要なはずです。
ところがマスコミ報道では逆に、ほとんど事例のない(=メディアのいう「衝撃的な」)事件に飛びついて、それに関する特定の人・事実のみに視野を絞って分析、対策しさえすれば、あたかも一般的な防犯に役立つかのような議論を提起しています。
先日の秋葉原の事件に関する報道もそうです。事件の要因が多角的に分析されることはなく、防犯カメラの設置とかダガーナイフの規制とか、政府の方針にかなうようなごく一部の論点が提起されるばかりで、例えば、歩行者天国に不要不急な車がなぜ物理的かつ容易に進入できるようになっているのかというような議論はほとんどなされていません。車も凶器ではなかったのですか?
秋葉原事件報道のようなものが不要とは思いませんが、防犯の観点からすれば不十分で、もっと多角的な分析が必要です。
