インターネット新聞「日刊ベリタ」に掲載される風刺漫画を描いている橋本勝さんが、7日には「死刑賛歌」という題の風刺漫画と文章を書いています。

橋本勝の21世紀風刺絵日記 第107回:死刑讃歌

 文章も、いわゆる「死に神」発言に過剰反応している鳩山邦夫法相ほか死刑推進派勢力を「褒め称えて」います。もちろん風刺ですから、内容は橋本さんの本心ではないはずですが、『正確に言えば あなたは「死に神」ではありません』と断っています。もし風刺であっても鳩山法相をやはり「死に神」呼ばわりしていたら、これはもはや風刺では済まなくなっていたでしょう。

 ところがこのような風刺に「すら」、死刑推進派と思われる投稿者が「マジギレ」コメントをしてきました。

 『屈折した記事の書き方ですね。
 冤罪の可能性がない死刑囚の刑の執行はすみやかになされるべきでしょう。
 死刑執行の署名をするつもりのない議員は最初から法務大臣就任を辞退すべきだとは思いませんか』

 さて、屈折していない風刺が世界のどこにあるものかと私は疑うのですが、風刺をストレートに攻撃してしまうと、それも風刺の一部になってしまうという点で、実に興味深いコメントです。言い換えれば、コメントもあたかも「死刑賛歌」の続きの歌であるように聞こえます。以下、このコメントに基づいて、「賛歌」の続きを展開してみます。

「冤罪の可能性がない死刑囚は
すみやかに執行されなければなりません
冤罪かどうかは法務当局で判断しますので
大臣がわざわざ公で発言するには及びません
上告審すら冤罪の可能性を退けたというのに
再審を請求している死刑囚で
この国にはあふれていますが
再審請求は死刑執行を引き延ばしにする
死刑廃止論者の策謀に過ぎません
日本では三審制は完璧に機能しており
99%を超える起訴後の有罪率は
検察の優秀さを示しているに他なりません
長期の未執行で拘禁症状に苦しまないためにも
再審請求される前にすみやかに執行することが
死刑囚の人権のためにも大切でなのです

日本法相は平和憲法を尊重しようがしまいが
人権国際法を尊重しようがしまいが
刑事訴訟法第475条第2項の
「但し書きより前だけ」は
ベルトコンベアのように
自動的に実行しなければなりません
これに基づき死刑執行の署名ができる者だけが
法相になる資格があるのです
それは大多数の国民に支持されています
国際社会で死刑に対し非難を浴びれば
法相は日本の世論に支持されていると反論しましょう
《我が国は多数決で死刑廃止を決めたのではない》と
フランスはいうかもしれませんが
《ナチは大多数の国民に支持されていた》と
ドイツはいうかもしれませんが
人権の基準をも世論で決める我が国の「民主主義」は
無敵にして永遠不滅です
《人権の基準は世論調査に決定されない》という
国連人権委員会の勧告のほうが眉唾なのです」

 いま裁判員制度と報道を考える集会の案内を書くついでに、それに関するいくつかの新聞社説を発見し、つくづく、マスコミによる犯罪報道正当化は破綻しているなあと思いました。
 以下は、Yahoo! Japanに紹介されていた地方紙の社説です。

報道と裁判員/読者の信頼より高めたい(神戸新聞、1月23日)
裁判員制で報道指針 知る権利と調和求める(中国新聞、1月18日)

 これらの新聞が共通して行っている犯罪報道の正当化理由は、

(1)社会不安の解消
(2)再発防止策の追求
(3)捜査や裁判のチェック

ですが、

(1)社会不安の解消

 犯罪被害の経験のある私が以下のことを言うのも何ですが、現実を直視しましょう。
 ここでいう犯罪とは、個人が個人に対して行う犯罪に限らせていただくとして(つまり権力犯罪はのぞく)、この世の中のすべての社会的事象に占める犯罪の率は、マスコミの全報道に占める犯罪報道の割合より遙かに少ないと断言できます。全人口に占める犯罪者の率も、一日に報道される人数に占める被疑者・被告人の数の割合より遙かに少ないでしょう。
 社会不安を解消したい「だけ」なら、マスコミができる最も簡単な方法は、全報道に占める犯罪報道の割合を現実に合わせることです。もっとも、私はそういうことは望んでいませんが、ネガティブな情報を社会で共有することと社会不安を広めることは等価であって、犯罪報道が社会不安を解消に導くという主張は自己矛盾しています。

(2)再発防止策の追求

 私が前のエントリーで主張しているように、マスコミ報道は防犯の観点からの犯罪の分析がなされていないか、視点が防犯から根本的にはずれています。特異な事件や珍しい手口、異常な心理にばかりいくら着目したところで、「オーソドックスな」犯罪の抑止になるはずがありません。警察さえ、マスコミにミスリードされているようなところがあります。まずは、統計に基づく犯罪の分析をきちんとやってください。

(3)捜査や裁判のチェック

 そんなことをやるつもりもなく、今日も公判前の捜査情報垂れ流しを繰り返しているにもかかわらず、よくもこんなことがいえるものです。捜査や裁判のチェックが過去から行われていたというなら、例えば北九州市・引野口事件の冤罪被害者は、早期に冤罪という社会的合意が得られていたはずです。ロス疑惑で三浦和義さんが米当局に拘束されることもなかったはずです。でたらめ言って読者・視聴者をだますのはいい加減やめてください。

 また、マスコミは一部の犯罪被害者を利用して、被疑者・被告人と対立する構図を作り上げていますが、ほかならぬマスコミが被害者などに取材被害を与えていることが発覚し、被害者を利用することも、犯罪報道の一般的な正当化手段としては、もはや通用しなくなってきています。

 以上のように、マスコミによる犯罪報道の正当化はことごとく破綻しています。

 それほど犯罪報道に公益性があるというなら、犯罪報道専門紙とか犯罪報道専門チャンネルというのがどうして存在しないのでしょうか。報道機関を「正義」と規定して犯罪報道をいくら正当化したところで、一方で本質的に興味本位で、人の不幸をビジネスに利用しているという後ろめたさから逃れられていないのでしょうか。

 ならば犯罪報道を根本的に変えてほしいと思います。例えば、いま刑事裁判になっている事件の裁判の進捗に関するものを、情感を差し挟まずに淡々と情報提供・解説するのです。すべての犯罪を取り上げることは無理でも、殺人や強盗などの、いわゆる「凶悪な」事件をすべて取り上げることは可能でしょう。
 一方で、公判前の報道については差し控える。ただし、当局が被疑者に対し長期拘束や自白強要などの人権侵害を与えるなどの不正が発生している場合をのぞく(これこそが捜査チェック)。
 そのほうが、裁判員制度にも適合しています。一部の「衝撃的」事件にばかり情報が偏ることがなくなるため、被害者側にとっても公正なものになるはずです。

 以下の集会案内が来ています。是非ご参加ください。
 私は、翌々日(14日)の人権と報道・連絡会・定例会に参加予定なので、今回は見送らせていただきますが、この問題は今後本ブログ・サイトのメインテーマとして取り上げていきたいと思っています。
 まあ今のまま裁判員制度に突入すれば、報道機関が一方的な煽動で公判の公正さを妨げたり、証人に介入したりする行為に対する法規制は避けられないでしょう。

裁判員制度と犯罪報道
「光市事件」報道についてのBPO(放送倫理検証委員会)「意見」を受けて 

7月12日(土)午後1時15分~5時(1時開場)
日本青年館 501号室 (東京都新宿区霞ヶ丘町7番1号)

◇問題提起 浅野健一(ジャーナリスト,同志社大学教員)
◇パネル・ディスカッション
浜田寿美男(奈良女子大学教員)/下村健一(テレビジャーナリスト)/
綿井健陽(フリージャーナリスト)/日隅一雄(弁護士)/安田好弘(弁護士)
/足立修一(弁護士)/太田昌国(民族問題研究 司会)

 参加費:1000円

私たち「光市事件」報道を検証する会は、「光市事件」の裁判をめぐるテレビ
放送番組(報道・ワイドショー・トーク等)が、放送倫理を逸脱し、視聴者に誤解
を与え、社会に悪影響を与えたと考え、とくに著しい放送倫理の逸脱がみられた
18番組について、放送倫理検証委員会に対して審理の申し立てを行いました。
これから裁判員制度が導入されようとしている状況のなかで、このような報道が
続けられれば、メディアが裁判を誤った方向に導いてしまうことに、危機感を持っ
たのです。
放送倫理検証委員会は、33本、7時間半の番組を対象にして、独自の調査
を行い、2008年4月15日付で、「光市母子殺害事件の差戻控訴審に関する放
送についての意見」を発表しました。BPO意見は、一連の「光市事件」報道を、
「集団的過剰同調」と表現しています。しかし、これは「光市事件」報道に限った
ことではなく、「犯罪報道」全体の問題として指摘できることではないでしょうか。
集会では、BPO意見を受けて、日本の犯罪報道を検証し、今後、犯罪報道を
どのように変えていかなければならないか、ディスカッションします。

主催:「光市事件」報道を検証する会
03-3586-5064 中山法律事務所気付
http://www.jca.apc.org/hikarisijiken_houdou

ブログを再開したついでに、記憶しておいたほうがよいニュースを引用しておきます。

日経新聞記者が不適切メール送信、民間団体に「ばか者」(読売新聞)

『 日本経済新聞編集局の記者が先月、戦争特集番組を巡ってNHKや下請け会社などに損害賠償を求めた民間団体・「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク(バウネット)に対し、「ばか者」「あほか」などというメールを送りつけていたことがわかった。
 日経新聞は事実関係を認め、同社幹部が先月24日、バウネットに直接謝罪した』

 報道によれば、バウネットに送った当該メールアドレスの一部が「nikkei.co.jp」となっており、その内容はメール内容は「取材先の『期待』に報道が従うわけないだろ。ばか者」「あほか。あんたがたの常識のなさにはあきれはてる」(読売)「なんであんたがたの偏向したイデオロギーを公共の電波が垂れ流さなきゃいけないんだよ」(共同)というような内容だったそうです。

 見下したような書き方は、相手が女性中心の団体だからというのもあったのかもしれませんが、それにしても、戦時性暴力問題に取り組む勢力を攻撃する連中の体質を表す「見事な構図」です。

裁判ではバウネットは退けられましたが、BRC(放送人権委員会)は、この問題でNHKが放送倫理違反をしたと認定していたことをこの日経記者は知らなかったのでしょうか?

委員会決定-女性国際戦犯法廷・番組出演者の申立て
委員会決定-高裁判決報道の公平・公正問題

 裁判は違法かどうかを裁くものですが、違法でなければ何をやってもいいのではなく、そのために報道倫理があるわけです。日経記者の今回のメールはBRCの2つの見解、すなわち自律的な報道倫理遵守に対するあからさまな敵対であるともいえます。またこの記者の語調には、ネット上の掲示板やコメント欄によく見受けられる、匿名の反人権勢力による無責任投稿と共通のものを感じさせます。

日経は過去にも以下のような事件を起こしているので、政府が気に入らない人物を不正に攻撃するのはこの新聞社の体質かもしれません。

イラク人質事件:元人質3人の住所を日経新聞サイトが掲載

ここ数ヵ月間、個人的事情により更新をしていませんでした。
忙しくて書けなかったというよりも、今年から続いていたいくつかの「個人的事情」のため、更新する気が起こらなかったというほうが正確かもしれません。

その間、世の中では「人権と報道」を巡る様々な動きがあり(とくに裁判員制度と、刑事裁判への被害者参加制度に関するもの)、集会にも出ていたのですが、報告できていません。申し訳ありません。

さて、その「個人的事情」のひとつですが、今年のある日から、私も「犯罪被害者」の仲間入りしました。

とはいっても凶悪事件に巻き込まれたのではなく、留守中に「空き巣」被害にあったのですが、自宅の窓の防犯ガラスが強引にたたき壊され、金庫も強引にこじ開けられ破壊されるという暴力的なものでした。

現金よりも建物などを破壊されたほうが、経済的にも精神的にも損害が大きく、もし犯人と鉢合わせになっていたらと思うと、ぞっとします。被害を受けて、壊れた窓ガラスがあけっぱなしになっていたその日の夜は、恐怖で寝られませんでした。

空き巣は比較的軽い犯罪かと思っていましたが、そうではありませんでした。少なくとも、窃盗、住居侵入、建造物等損壊、器物損壊の罪です。侵入時に住人がいたならば、さらに強盗、傷害、傷害致死(・・・以降略)の可能性もあったでしょう。

私の事件は(当然ながら)報道はされていません。もしこの事件に関連して容疑者が逮捕されても、余罪がたくさんあるとか、別の事件で強盗殺人に問われているとか、外国人であるとか、その他話題のネタになるような風変わりなことがなければ、報道はされないでしょう。

だからという訳ではありませんが、あれだけ治安維持を煽っている報道機関が、本当に防犯の役に立っているのか、何か勘違いしているのではないかという観点で、いまはマスコミを疑っています。

防犯という見方に立てば、重要なのは、いくつもの犯罪の事例から、犯罪の起こる要因を洗い出し、社会学的・工学的観点から犯罪が起こりにくい環境や社会をどのようにつくっていくかという議論が重要なはずです。

ところがマスコミ報道では逆に、ほとんど事例のない(=メディアのいう「衝撃的な」)事件に飛びついて、それに関する特定の人・事実のみに視野を絞って分析、対策しさえすれば、あたかも一般的な防犯に役立つかのような議論を提起しています。

先日の秋葉原の事件に関する報道もそうです。事件の要因が多角的に分析されることはなく、防犯カメラの設置とかダガーナイフの規制とか、政府の方針にかなうようなごく一部の論点が提起されるばかりで、例えば、歩行者天国に不要不急な車がなぜ物理的かつ容易に進入できるようになっているのかというような議論はほとんどなされていません。車も凶器ではなかったのですか?

秋葉原事件報道のようなものが不要とは思いませんが、防犯の観点からすれば不十分で、もっと多角的な分析が必要です。

 北九州市八幡西区で2004年3月、兄をを刺殺し家に放火したとして、殺人などの罪に問われた片岸みつ子さんに、福岡地裁小倉支部(田口直樹裁判長)が殺人と放火罪について無罪を言い渡しました。
北九州市八幡西殺人放火に無罪 地裁小倉判決 同房者利用は不当 犯行告白の信用性否定(西日本新聞)
えん罪 引野口事件(支援者のページ)

 ニュースによれば、判決は「捜査機関は代用監獄による身柄拘置を犯罪捜査に乱用した」として、同房の女性に語ったとされる「犯行告白」の信用性を否定しました。

 この冤罪事件は、別件逮捕、自白強要、人質司法など、支援関係者から「冤罪の見本市」といわれていました。

 逮捕当時のマスメディアは犯人視報道で警察の捜査手法のチェックを怠っていたと思います。

 三浦和義さん拘束に関し、サイパン島を含む米領北マリアナ諸島の新聞「マリアナ・バラエティ」紙(Marianas Variety)が、日本のメディアの現地での取材姿勢を非難する記事を載せていますので、とりあえずリンクと概要だけ紹介します。
Japanese media frenzy over Miura’s case continues(February 28, 2008)
 見出しのうち「media frenzy」とは、日本語の「過熱取材」とほとんど同じ意味で、しかも「frenzy=狂乱」という単語が示すように、良い意味には使われません。
 記事内容の冒頭部分を翻訳しておきます。

『デビッド・ワイズマン陪席判事は昨日、殺人に問われているビジネスマンを取材するためにここへ来ている日本のジャーナリストに対し、サイパンへ来ることには歓迎だが、裁判所の規則には従わなければならないと言った。
「私はこれが日本では重要な事件だと理解している」と、判事は訪れている取材陣に言った。「あなたがたが審理に出席することは歓迎する以上のことだ。しかし、我々には従うべきいくつかの手続きがある。被告人(三浦さん)が法廷に連れてこられたときには、警察官が仕事をしている間、あなたがたは彼らへ押し寄せてはならない
ワイズマン判事は付け加えた。「あなたがたは警察官が仕事をするのを妨げてはならない。それはここでは許されないパパラッチ・スタイルだ。もしあなたがたが〔規則に〕違反すれば、逮捕・起訴されることがある」

この記事では他にも、日本の取材陣がタクシーを高額で確保したり、矯正局(Department of Corrections)の外で三浦さんの写真を撮るためキャンプを張るなどして、旅行・観光業に悪影響を及ぼしていることが紹介されています。写真の対象も、三浦さんではなく、日本の取材陣になっています。
 10年前の和歌山と同じやり方でサイパンに殺到する日本の取材陣を「パパラッチ」と呼ぶのは実に正当だと思います。まあ以上のような事実が日本のメディアに報道されることはない・・・と思いましたが、産経が少し報道していました。しかし、裁判官に「パパラッチ」呼ばわりされ、「タイホされるぞ」とまで言われたことは載せませんでしたね。

追記:以上の出来事については、朝日が割に詳しく報道していますが、『判事や地裁職員は・・・注目ぶりを楽しむ雰囲気もある』などと、あたかも日本マスコミが好意で迎えられているような記述です。
 しかし上記現地紙の記事は、はっきりと批判の姿勢です。これはは日本のメディアの開き直りをよく表していると思います。
 ただし、朝日の以下の記事は評価できると思いますが。
新証拠の情報「回答の事実ない」 FBIロス事務所(2月27日)
 まだ法廷での手続きも始まっていないのに、捜査情報をメディアに流すようなやり方が、陪審制度の米国で認められるはずがない。FBIがそんなことをしたら、公判手続きを妨害したとみなされ不利になるでしょう。日本でも裁判員制度が始まるのだから、このような悪弊はやめるべきです。そして「新証拠がある」という情報を流した警察庁職員の実名を報道すべきです。

 昨日のエントリーで、「二重の危険」について簡単に説明しましたが、カリフォルニア州法における「二重の危険」について説明してくださっている弁護士さんのブログがありますので、紹介しておきます。
http://d.hatena.ne.jp/attorney-at-law/20080226/1203957902
(はじめケータイ向けリンクに貼っていたので、PC向けのものに修正しました。)

『まず、アメリカ合衆国憲法修正5条は、DOUBLE JEOPARDY (二重の危険)の法理を認めています。つまり、一度有罪となる危険に曝されたのであれば、同じ罪で再度危険に曝されることはないという法理です。
 次に、カリフォルニアでは、この原理を海外での判決にも適用します。
〔和訳のみ引用〕「被告人は、もしこの州(カリフォルニア州)における当該罪を構成する全ての行為が前の(別の法域での)起訴における罪を証明するのに必要である場合、別の法域における間の無罪や有罪の判決の後で有罪を宣告されなくてもよい。しかしながら、その罪が同じ行為ではなく、前の起訴において存在していない要素を含む場合、この州における有罪宣告は禁じられない」( People v. Belcher (1974) 11 Cal. 3d 91, 99 [113 Cal. Rptr. 1, 520 P.2d 385].
 つまり、日本で問題になった和美さん殺害の構成要件事実と、カリフォルニアのそれが全く同じ行為であれば、やはり再度起訴されることはないのです』

 その後は法律家としての立場から、『アメリカの裁判で問題となるのは、いったい日本の無罪判決でいかなる「危険」が生じたのか、という点ではないかと思います。起訴状、判決書を分析し、これと今般の起訴とを併せて考えて、Double Jeopardyと言えるかどうか、この点を正しく主張しなければならない』と指摘しておられます。

 二重の危険については、このように大々的に議論すればいいと思いますが、日本のマスコミは、やはりそうした議論を生起させないよう必死の模様です。
 例えば朝日新聞25日付の社説は、「二重の危険」「一事不再理」という言葉は一切出さずに、捜査手続きのみに視野を狭めて一方的に「今回の逮捕は日本と米国の法律に違反するわけではない。日本の法廷で裁いたのは、日本の刑法が海外で殺人を犯した日本人にも適用されるからだ」と述べています。日本の裁判所に配慮しているように見せかけて、実は二重の危険を黙認して「アメリカ様」「警察様」に屈している情けない文章です。
 日本マスコミにとって「二重の危険」に関する議論が広がると困ると信ずる理由は十分あると思います。
 日本では検察が上訴できますが、米国では二重の危険を理由に検察が上訴できません。日本の司法が検察側上訴を認めなくなれば、それだけ日本のマスコミが犯人視・有罪視する機会も、「被害者感情」を利用して被告人に対する憎悪を扇動する機会も減ることになります。逆に、日本の司法が犯罪に時効を設けなくすれば、それらの機会は逆に上昇します。司法の公正とは関係のないことですが、マスコミ企業のビジネスには大いに関係があります。これが、日本のマスコミが二重の危険について議論を提起したがらない理由でしょう。

追記1:朝日社説は『米国の警察は「新しい証拠を入手した」と警察庁に伝えてきた』と書いていますね。聞き捨てならない内容です。その警察庁職員はどういう立場の何という名前ですか? その職員は公務員の守秘義務に反し、米国・カリフォルニア州の司法手続きを妨害しているのではありませんか?

追記2(3/4):上で引用した弁護士さんがブログで続報しているとおり、カリフォルニア州法では、三浦さんが無罪になった03年当時は、二重の危険の禁止を米国以外にも適用していましたが、04年以降は米国内に限るように改定されました。しかし、改定法を適用して有罪にしようとすれば、今度は遡及処罰の問題が出てくるでしょう。
 日本のマスコミも、三浦さんについた現地弁護士が二重の危険の禁止(一事不再理)を指摘してからようやく報道し始めました。
 米国では「共謀罪」が独立した犯罪であるので「二重の危険」にあたらないという論調もあるようですが、東京高裁判決は共謀についてもかなりの議論をした上で、謀議すら否定する判断を下しているわけで、これを覆すような新たな共謀(謀議)の事実を示せなければ「二重の危険」を回避するのは難しいのではないでしょうか。
 ジミー佐古田とかいう人が何か喋っていますが、証人として法廷に呼ばれない限り、完全無視でいいと思います。

追記3(7/11):ロス疑惑問題、とりわけ「二重の危険」に関する論点については、少なくとも、以下のサイトをよく読んでください。また、東京高裁判決文も最高裁のページできちんと読んできてください。

三浦和義氏の逮捕に怒る市民の会

議論をわきまえないコメントやトラックバックを送信されても、ここに掲載されることはありません。

 三浦和義さんを米警察が拘束していることに関し、日本のマスコミ報道について、とりあえずいくつか言及しておきたいと思います。
 あれほど犯人視報道が批判され、司法的にも負け続けてきた日本マスコミが、今回もまた無罪方向の情報を徹底的に抑圧しています。
 刑事司法と人権の大原則の一つに「二重の危険の禁止」があります。「同一の犯罪について二度裁判を受けない」ということです。日本国憲法でも、「一事不再理」という言葉で第39条に明文化されていますし、米国で無罪判決に上訴できないのは二重の危険の禁止に従っているからです。(日本では、三審までが「一事」と見なされているが)
 司法の知識がわずかにでもある人なら誰でも簡単に指摘できることで、検索した限り、いくつかの他のブログでも指摘されていますが、マスコミは無視を決め込むか難癖をつけるかして「二重の危険ではないか」という批判を全力で潰すつもりでしょうか。

 事実のみ挙げておきます。
 アルカイダと関係があるかのような記事で名誉を傷つけられたバングラデシュ人男性が読売新聞を訴えた裁判で、東京地裁は19日、名誉棄損を認め、220万円の支払いを命じました。

テロ組織関連報道、東京地裁が読売新聞社に賠償命令(読売、2月19日)

【関連情報】
「日本政府、メディアは私の名誉を回復して」 アルカイダ関与が疑われて拘留43日 バングラデシュ人が訴え(日刊ベリタ、04年8月27日)
「アルカイダ」冤罪・報道被害 背後に公安調査庁(当ブログ、2006年5月20日)

 一連の名誉毀損報道では、共同通信と日本テレビも訴えられ、06年8月に共同が、10月に日本テレビが賠償支払いを命じられました。

 共同はその後東京高裁に控訴していますが、共同の悪質な点は、バングラデシュ人の逮捕報道をいまだにネットに掲載し続けていることでしょう。
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